ある日、以前間借りさせて戴いていた家のおばあちゃんを尋ねました。話が昔の手紙の ことになった時、おばあちゃんは席を立って奥へ入りました。しばらくして出て来たおば あちゃんの手には、古い手紙が抱えられていました。見せて戴くと、殆どの手紙が明治期 のものでした。その中に、差出人が「陸軍省」というやや大きな封筒がありました。珍し いので、思わず手にとって見ると、明治32年から発行されている菊切手にぶ青色の拾銭 の切手が貼ってありました。おばあちゃんに聞くと、「日露戦争の時に召集令状が入って 来たものですよ。」中身はありませんでした。陸軍省という字は、まるで木版画のようで いかつい大きな字でした。二三回返して眺めているうちに、拾銭切手がハラッとはがれ落 ちました。慌てて切手を拾いました。貼ってあったところへ戻そうとして封筒を見ると、 朱印で「満」の字が押してあるではありませんか。おばあちゃんに聞くと、「もう、はっ きりとは覚えていないけれど、出征の時には行く先は分からなかったねえ。連隊へ行くと しかねえ。」「その後は?」「満州だったよ。」なるほど。きっと陸軍省内の事務上でこの印を押したのだろう。先に切手を貼ったら区別がつかなくなる。文書を入れ、人員を確認し、最後に切手を貼ったのに違いない。おばあちゃんが下さったので、今もその封筒を持っています。眺めるたびに、おばあちゃんと話したその日のことを思い出します。
何でもない手紙一通に、どこまでも調べていきたくなるものが潜んでいるのです。にぶ青色拾銭切手は、その時戦争の一コマを語ってくれたのです。